社会福祉法人甲山福祉センター特別養護老人ホーム 甲寿園

2013-8/9|金|16:27

若い職員が、入居者から聞いた戦争体験「真夜中の見送り」

 甲寿園の若い職員(澤野さん)が入居者の戦争体験を聴き、まとめました。六八回目の終戦記念日を前にこの体験談を聞き、まとめた職員の心の内が見えてきました。素晴らしい文書なので、ホームページにアップさせて頂きます。

  ※語り部は、九二歳のH様。

 ・・・・・「真夜中だったから、声も出さずに静かに見送ったのは悲しかったよ」そう言って私ではなくその後ろにある壁のもっと向こうを見ながら、その方は話した。汽車で出兵して行く兵隊さんを見送るために真夜中に駅に並び、割りばしを四分の一に折ってそれに日の丸を付けて行ったそうだ。見送る人は駅からはみ出し、外の畑まで広がり五列にもなったという。何も無駄に使うことができない時代、割りばしを必要最低限に抑え作ったという旗を想像しただけで、気持ちが苦しくなった。また、汽車が出るのは真夜中であったため、見送る際に「日本万歳!」とは言えなかったそうだ。静かに集まり、静かに見送る。しかし、旗を振るその手にはたくさんの気持ちが込められていたことだろう。
 H様は十七歳で結婚し、二人の子供をもうけた。そして、十九歳のとき、夫に赤紙がきた。夫は薬局に勤めていたため、大阪にある軍の病院に召集されたという。「その間子供二人をひとりで見なくちゃいけなくてね、それはもう大変だったし、怖かったよ」と、その方は笑いながら、また切なそうな表情をしていた。家の裏に近所の人と防空壕を作ったそうだ。広さは六畳ほどで畳を敷き、中にこたつをおいて空襲警報が鳴るとそこでじっと身をひそめた。走って逃げる時は子供一人をおんぶして、もう一人の手をしっかり握り振り返ることなく必死に走った。しかしある時、走って逃げていると後ろから「奥さん、ねんねこに火がついているよ!」と声がした。慌ててその人に消してもらったが、その後、また走って逃げたためお礼をすることができす、今となっては何であの時、きちんとお礼をしなかったのかと後悔しているそうだ。
私は、戦争を知らない。話や資料から想像することはできるが実際の戦争を知らない。私のような戦争を知らない人が増えている中、私達にできる事は戦争を知っている人に話を聞き、教わり、教え、またそれを語り継いでいくことだと思う。戦争がどれほどつらく悲しい、ものか、たくさんの物を失い犠牲にするのかを伝え続けなければならない。
 今回私は非常にいい機会を頂いたと思った。この話を聞いた方も含め四名の方から戦争体験を聞き、考えることができた。この体験談を伝えていき、日本が永遠に戦争をしない国にしなければならないと思っ

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