続・初心に返ろう
数分のひと手間が利用者の生活を変える
[北館3階 | 木村英樹・池松翔・山下直史]
昨年度より私達は、基本的な介護をもう一度学び直し、利用者に安楽に過ごして頂ける様な車椅子上でのシーティングについて考え、それを実践してきました。その取り組み過程で、職員によってベッドから車椅子に移乗して頂く最初のシーティング方法が全く違う事、また移乗用リフトを使用せずに抱えて移乗している職員もいる事が分かってきました。
日常の一つひとつのケアにおいては、はっきりとした考え方や方針を持ち続けないとケアの質は低下してしまいます。それは言葉遣いであったり、様々な介助の場面であったりもします。そこで私達は、「利用者と職員の身体を守る為、ケアプランに基づいて統一したケアを行う」という事をフロアの方針として「移乗する際になぜリフトが必要なのか」、「なぜ確実にリフトを使う事が出来ないのか」についてフロアの職員全体で考え、より良いケアに結びつけていく為の取り組みを始めました。
リフトを正しく使用する事で「利用者に安心して移乗・移動して頂ける」、「介護者の腰痛予防になる」ことは、介護現場において周知され始め、普及率も年々高くなっています。厚生労働省は2013年6月18日に「職場における腰痛予防対策指針」を19年ぶりに改訂しました。その主旨は介護現場での腰痛予防を最大の目的としたもので、「原則として人力による人の抱え上げは行わせない」と明記されています。また、リフトなどの福祉用具を利用した対策を講じるよう事業者に求めています。
しかし、今もなお現場で働く多くの職員からはリフトなどの福祉用具を使う事に「心がこもっていない」、「身体を壊さない介護技術を身につけているので必要ない」、「リフトを使う事は理想だが、そうなると時間が掛かって他の業務に支障が出るので使えない」など、使用に否定的な考えを持つ方もいますし、関心すら持っていない方もいます。
フロアの職員に行ったアンケートでも、昨年行ったシーティングのアンケートと同様に「リフトは使いたいが、時間がなくて使えない」など、介護側の視点や都合からの意見が多く、利用者の安楽に関する事など、利用者の視点に立ったものは殆ど上がりませんでした。
そこで私たち実践研究に携わる職員が中心となり、フロアでの研修報告会や参考資料の提供、実際にリフトを使用されている利用者の声など、情報発信することから始めました。利用者の声には「リフトを使わずにもっと気軽に移動が出来たらいいけど…お互いの事を考えたらリフトがいい」、「リフトを使う時間が他の人と重ならないよう遠慮している事がある」、「リフトで起きた後、シートを敷いたまま、車椅子にずっと座っていると痛くなってくるんだよ」等がありました。
これらの結果を踏まえて、利用者と介護者双方の体を守る為には、やはり福祉用具を活用出来るかにかかってくる事、現在行っている援助方法に「数分」のひと手間を加える事で利用者により快適に過ごして頂ける事が分かりました。
余裕をもってリフトを使えるだけの時間を確保するために業務内容の見直しを積極的に行った事で、「リフトを使いたいのに使えない」から「自然にリフトを使える」環境を作る事は出来てきたと思います。しかしまだ、自信を持って稼働率100%とは言えない状況が続いています。その大きな理由として、職員間でリフトを使用していない事を黙認していた事、リフトを使用する事に関して明確なルールが無かった事に気が付きました。
現在は職員が体を壊さず、利用者の生活を見守り続ける事が出来るよう役職者が中心となって、リフトを使用する様に声を掛け合う事から始めました。リフトを使用する事に関しては「職員の中で一人でも抱えての移乗が難しいと感じている利用者に対しては全職員がリフトを使用する」と言う、明確なルールを取り入れました。これらの取り組みを続けていく事で、この発表を行う頃には自信を持ってリフトの稼働率100%と言えていると思います。
次に、「リフトシートを敷いたまま、車椅子にずっと座っていると痛くなってくる」という利用者の意見から、リフトシートの使用方法を見直すことにしました。リフトを使用するルールと同じように「一人が痛いと感じているのであれば、他の方も痛いと感じているのではないか?」と考え、研究グループが試験的にシートを敷かずに食事を食べて頂きました。すると、普段は車椅子上で動かれ座位姿勢の安定されない方が殆ど動かれる事無く、スムーズに食べて頂く事ができました。
これらの取組結果をカンファレンス等でフロアの職員に知ってもらうと同時に、リフトシートは移乗を行う為に使う物であって、常に敷いておく物ではない事を伝えました。ご家族に対してもシーティングの必要性や安全面等についての説明を行い、理解を得たのちに職員間でシートを外すための実践研修を行いました。利用者ごとに使用されている車椅子やリフトシートの形状が違う為、順番に対象となる利用者を決め、シートを外す方法についての研修を開始しました。短期目標として今年度中にリフトを使用される全ての利用者について、シートを外す事を目標に取り組みを続けています。
どれ位の時間が掛かるか分かりませんが、長期目標はフロアだけの取り組みに留まらず、今回の取り組みを施設全体に広げる事を目標に取り組みを続けたいと考えています。
今回の実践で、今まで行っていたケアに「数分」のひと手間を加える事で、利用者に快適に過ごして頂ける事を目に見えて知る事ができました。リフトやリフトシートの福祉用具の事だけではなく、「数分」利用者の話を真剣に傾聴する、普段より大好きなお風呂に「数分」長く入って頂く事で、より快適に過ごして頂けるでしょう。この「数分」を作る為には現在行っている集団援助を見直し、個別援助を視野に入れた業務の改善が今後の課題になると考えられます。ただ漠然と日々のケアを行うのではなく、その方にとってこのケアはどのような意味があるのか、その方はどのようなケアを望んでおられるのか、そして快適な暮らし作りをサポートさせて頂く為に、職員主体で作られた業務内容で毎日を過ごして頂くのではなく、利用者の生活が中心となりその為に職員のケアがまちまちにならぬよう、フロアの役職者を中心とし統一したケアを私たちは続けていかなければなりません。
その為にどんな事でも伝えあい、お互いが対等に意見を言い、また聞く事もでき、悪い事は注意し合える。更に、難しい問題を「出来ない」と考えるだけではなく「どうやったら出来るか」をフロアの職員全員が前向きに考えられるチームを目指します。