ふるさと交流会
[南館2階|援助員:坂井 純也 藤田 志穂 多胡 亜季]
甲寿園は西宮市にある甲山のふもとに位置し、緑豊かな自然に囲まれた中168人の利用者の方が生活しています。従来型の施設になっており4つのフロアに分かれています。回廊型の廊下からは、隣のフロアの様子もわずかに見る事ができますが、別の階との交流は大きな行事で全体が集まる時が主で、日常的には行われていないのが、現状です。 今回、「ふるさと交流会(県人会)」の企画をするきっかけとなったのは、ある日の食堂でのことでした。利用者であるTさんとNさんがたまたま食堂で隣の席にいました。Tさんは身体の痛みのために食事に集中できないことも多く、痛みを紛らわせるために出身地である鹿児島県の話をさせていただいた時、隣におられたNさんが「あ、私のとこと一緒や。」と話に加わるようになりました。たまたま出身の町まで一緒だったため、「親戚やな!」と意気投合され、同じ出身地の話のしながらTさんNさんともに楽しい食事となりました。もし、園全体で同じ出身地の方たちに集まっていただき話せる機会が作れるなら、どうなるのだろうと考えました。 168人が暮らす甲寿園の中で同じ故郷の方も少なからずいると思います。同じ故郷の者同士しか伝わらない話もあるでしょう。同郷なら初対面であっても話が弾むかもしれません。そんな交流の場として何か企画ができればと思い、フロアを超え利用者や職員も参加できる企画として開催しました。
映像、故郷のお菓子、地図、部屋の雰囲気づくり、利用者の方の事前情報(住んでいた地域や親しんで食べていたものなど)その県ならではのものをインターネットや本などを使って探してきました。観光地はもちろんのこと、その土地の有名人や利用者の方の住んでいた近くの神社や昔からある建物なども映像として探しました。また、お菓子はその土地の名物となっているものをなるべく選びましたが、羽二重もち(福井)やきびだんご(岡山)などは誤嚥や詰める可能性など考え除外しました。どんな利用者の方でも食べやすくリスクの少ない食べ物を選び、ゼリーや水羊羹などを代用しました。
そして大きなスクリーンで映像を映し楽しんでいただくため、施設の協力のもと会議室を使い開催しました。
映像は写真を一枚一枚見ていただき、合間でお祭りの様子を映した動画や歌、方言などを流し、一時間ほど見ていただきます。映像を見ながらその土地ならではの話などについて利用者の方に語っていただき、職員は他の利用者の方と交流しやすい話題で話をつなぐようにサポートしました。その後、故郷のお菓子とお茶を用意して、食べながら参加者みんなで交流しました。
まず、きっかけとなった利用者の方の出身地である鹿児島県人会を開催しました。
■鹿児島県人会 平成23年11月10日
家人合わせて8人と職員7人の参加でした。途中体調がしんどくなり帰られた方がおられましたが、無事会を終えることができました。
帰宅願望があり、不穏になりやすい92歳・要介護3のNさんは、映像を見られ他の利用者の方とも「池田湖のイッシーはいるか、いないか。」で交流されたり、地元のお菓子である「かるかん」を食べると、本当に懐かしまれたようで、会終わりから夕食が始まるころまで鹿児島弁で昔の話を何度もされているようでした。残念ながら鹿児島弁は私たちには聞き取れず、何の話しをされていたのかはわかりませんでしたが、とても喜ばれていたことは周りの職員にもよくわかるほどでした。その後何日か経って「鹿児島の県人会に参加したのは覚えていますか?かるかん美味しかったですね。」と話すと「あぁ覚えとるよ。美味しかった。」と言われていました。
寝たきりの当時93歳・要介護5のTさんは、普段は身体のあちこちを指し「痛い、痛い。」と言われているのですが、会の間は「痛い。」と一言も出ることはありませんでした。それほど集中してごらんになっていたのだと思います。地元の竹田神社のお祭りの映像では「この祭りは男しか踊れないんや。」と思い出したように言われていました。
また85歳・要介護2のKさんは、鹿児島のことを「かごんま、かごんま。」と方言で話され、職員が「鹿児島ですね。」というと「かごんまやで。」といいなおすことも何度かありました。霧島神宮の映像を流したときには「ここの奥の滝をこっそり登ったんや。」など思い出話を聞かせてくださいました。その後フロアに戻られてからも、「かごんま、かごんま。」と機嫌よく独り言を言われながら歩かれることがあり、印象に残っておられたのだと思いました。
■愛媛県人会 平成24年5月31日
家人あわせて利用者3人、職員7人の参加で開催しました。前回に比べると人数が少なくなりましたが、よりその人の思い出に寄り添える形となりました。
不穏になりやすい79歳・要介護3のS氏は、愛媛の映像を流し、話を深めていくうち、名物の一六タルトや坊ちゃん団子の映像を見ると「これ、うちとこで作ってる!」と自慢げに話されたり、じゃこ天の話になるとよく食べていたと大いに盛り上がり、「私愛媛やねん!八幡浜やねん!」と目を輝かせて話しておられました。普段生活していて愛媛の出身だということはご自分から話されることはないのですが、このときは愛媛に住んでいた自分を誇らしく思うように話されていました。
■福井県人会 平成24年7月6日
利用者4人、職員6人の参加で開催しました。
一週間前に新入所されたばかりの90歳・要介護3のHさんは、目がほとんど見えない状態で円背も強く、入所時より環境が変わった不安からか食ムラや傾眠ぎみで元気がなさそうでした。前日に円背用の車椅子に変わり顔を上げる回数が増えた直後の参加でした。故郷の越前や三国の話になると楽しそうにされ、顔をよく上げてたくさん話をされました。目が見えないため映像をごらんになることは難しいかと思われましたが、花火の映像を流したときは、「見えるよ。」と顔を上げてごらんになっていました。その後よりフロアにも慣れ始めたようで食ムラも軽減しはじめました。お食事の時に福井県の話をすると食べもよく、自力でご飯を食べることも多くなりました。
普段物静かで傾眠ぎみな77歳・要介護4のTさんは、会の間も傾眠ぎみではありましたが故郷の敦賀の映像や大雪の映像のときは眼をぱっちり開けて話にもよく頷いておられました。雪が二階まで積もって二階の窓から出入りしていた話などをすると「そうそう。」といわれ、表情が豊かに変わる様子が見て取れました。
お話好きの96歳・要介護3のKさんは、何日も前から県人会に参加することをいろんな職員に話され、参加された方との交流も楽しみにされていました。故郷である武生の映像をみながら「ここはおそんじゃさん言うてね。子どものころよう遊んだよ。」「九頭竜川泳いでたのよ。」と思い出話をしてくださったり、福井弁を使った映画をごらんいただいたときには、「なんて言ってるのか分からないの?私はよく分かるよ。」と喜んでおられました。Kさんは話し足りないようでしたが時間の関係で話を切り上げさせていただくことが何度かありました。会終了後には参加された他の利用者の方とも個別に交流され、お手製の帽子飾りを配ってまわられました。職員の方には何日か経っても「あのときはありがとう。とても楽しかったわ。」と何度も感謝していただきました。
■岡山県人会 平成24年8月31日
利用者6人、職員6人の参加で開催しました。
普段不穏が強く介護拒否などがみられる89歳・要介護3のYさんは、会の間は傾眠気味ではありましたが、綺麗な景色を見ては「おお。」と言われたり、地元の高島の話になると背筋を伸ばして聞いてくださったり、身振り手振りで活気よく話してくださいました。シャコの話では他の利用者の方とも、食べられる・食べれらないで盛り上がりました。最後の交流会ではあまり他の方に話かけようとはされませんでしたが、フロアに戻られ夜中になるにつれ、職員に高島での話を饒舌に語っておられました。県人会があったことは忘れておられましたが、刺激されたのか故郷の思い出がたくさん思い出されたのだと思います。気分が高揚しておられたのかその夜はほとんど寝られない状態でした。
いつも遠慮がちに話される92歳・要介護3のAさんは、会の間静かに映像を見ておられましたが、地元の梶並み神社の写真をみて「知ってるよ。ずっと前にお参りに行ったわ。」と少し思い出されたようでした。その後おやつに出した岡山名物の「むらすずめ」を大変気に入られ「これ買うて帰るねん。」と包装紙を大事に眺めておられました。
ふるさと交流会を4回にわたり開催しましたが、どれも参加者の故郷への意識の高さと故郷に対する反応の良さに驚かされました。私達が考えていた以上に昔の出来事や風景をよく覚えておられ、写真を見て「これはなんですか?」と質問したことに対してもしっかりとその頃の思い出とともに語ってくれました。普段とは違う一面を見せてくださったり、故郷のことを私達に一生懸命話してくださったり、普段とは違う堂々とした姿は頼もしく、地元での豊かな暮らしぶりを感じさせてくれるようでした。そんな利用者の方々の生き生きとした表情を見られたことがこの会を開いた一番の成果だと思います。
反省点としては、出身地の町にこだわりすぎず、県全体のシンボル的なものを中心に話す方が、参加された方全体で楽しめるものになったのではないかと思いました。岡山県を例にすると、瀬戸内出身の方と山側出身の方では暮らし方の差が大きく、話が個人的になってしまうため、その地域を知らない利用者の方は少し困惑してしまうことがありました。
また、映像を見る時間が1時間を超えそうになると疲れてしんどくなられる利用者の方もおられました。時間配分や、こちらが一方的に見せるだけにならない配慮が必要だと感じました。