特別養護老人ホームは利用者様が、「終のすみか」として、生活されています。
その為長期で入所されている方もおられるので、入所されている間に様々な変化が見られてきます。その中には、以前までは発語があり、また会話もされていましたが、加齢によるADL・意欲の低下に伴い発語が減少してしまった利用者様がおられます。
「以前はこんな事話してくれていたよ」という職員の言葉をきっかけに「その利用者様の声が聴きたい」と強く思いました。そんな思いから、利用者様個々の生活歴や趣味を参考に、様々なアプローチをする事によって、発語や表情などの反応を引き出せないかと考えました。
今回4名の対象者を挙げ、6/21〜7/23の期間、(1)6/21〜7/6までの2週間・(2)7/9〜7/16までの1週間・(3)7/17〜7/23までの1週間に分けて、集中的に取り組みました
事例(1)
Y・Mさん(84歳・女性)要介護度 5
リクライニング車椅子にて過ごされており、生活全般は全て全介助の方。
3姉妹の真ん中として出生。結婚歴・子供はなく妹さんと一緒に暮らしており、定年を迎えるまで、兵庫県庁に勤めておられた。趣味は茶道・華道である。
7/13に取り組みの目的や内容について妹さんに説明し、御理解を頂いた上でY氏の昔の話や性格など聴かせて頂く事が出来ました。その内容を全てまとめると…
・とてもプライドの高い性格なので同じ質問を繰り返し、名前を聞かれるような簡単な質問には答えないでしょう。・障害を持ちながら県庁で最後まで勤めた事をとても誇りに思っているので、そのような内容の話をしてみてはどうか?
・始めは老人ホームに入居する事について「私を見捨てるのか」とY氏と喧嘩になった。そんな中、ある施設長さんがとても良くして下さり、何度も自室へ招いて、Y氏の大好きなコーヒーをご馳走して下さった。その事がきっかけで、入居する決心がついたそうです。自分は特別扱いされているのだという事がとても嬉しい人なので、ここでもそのような事をして下されば反応があるかもしれない。
との事でした。
この時に妹さんの声をテープレコーダーに吹き込み、呼びかけて頂こうと思っていたが、妹さんより上記のような提案があった為、内容を考え直し、変更する事にした
取り組み前は、表情も乏しく、言葉掛けに対しても反応がなかったが、取り組みの中で妹さんの質問に対して、反応が多く見られ、笑顔も見られる様になった。そして、妹さんの名前を言って下さったり、姉妹の人数を言って下さったりと発語が多く見られた。さらには、口を動かす事が多くなってきた為か、食事時にあまり開口が良くなかったのが、大きく口を開けて食べて下さるようになった。妹さんの話や思いを聞いて、知らなかったY氏の一面も見られて、良かったと思う。本来、お話する事が好きな方なので、言葉掛けをこれからも継続していきたい。
事例(2)
K・Mさん(89歳・女性)要介護度 4
普通型車椅子で過ごされ、生活全般は全て全介助の方。
淡路島出身。3人妹弟の長女として出生。地方公務員の母子相談員として、57歳まで勤めておられた。
趣味はプロ野球観戦。
以前は、一部介助にて食事される。自発的に発語は無かったが、こちらからの問いかけには返答されていた。しかし、ADL・意欲の低下に伴い、笑顔などの反応はあるものの発語が減少し、全ての生活動作は全介助となった。
取り組み前は言葉掛けに対して反応が少なく微笑まれるなど表情による反応が主であったが、取り組みの中で言葉掛けに対して一緒に言って下さるようになり、4週目には質問に対しての返答も見られる様になった。また後半に入ってからは、言葉掛けの途中で目をつぶられる事も増え、質問ばかりの言葉かけに嫌悪感を抱かれているかの様にも見える様子が見られた。自発的な発語は引き出せなかったが、以前よりは発語や反応も見られ、今までとは違う感情の反応を引き出せたのではないかと思う。
事例(3)
D・Sさん(98歳・女性)要介護度 5
リクライニング車椅子にて過ごされており、生活全般は全て全介助の方
お元気だった頃は、お寺参りや編み物、また能楽に強く関心を持たれ、詠う事も熱心に習われていた。
3〜4年前までは自発的な訴え等はないが、こちらからの挨拶には時折返答があった。また職員と一緒に歌を歌われる場面も見られていた。現在では、身体が痛む時に発語があるものの言葉として聴き取れるものはなくなっている。しかし、声を掛けた時は笑顔で何かを言いたそうに訴えたり、美味しくない物を口にした時は嫌な顔をされるなど表情は豊かである。
取り組み前から、言葉掛けに対し笑顔で応えられるような事はあったが、取り組み中は、よりその反応が大きく見られ、表情の変化もよく見て取れたと思う。その表情や反応から、やはりこちらからの言葉掛けの内容は多少理解しているのではないか?と感じた。今回の取り組みで食事の際開口も良くなり、口からこぼれる事も以前より少なくなったように感じる。発語までは引き出せなかったが、音楽を流した際の嬉しい表情や甘い物の話をした時の笑顔から、今までより少しだけ、Dさんの心に近付けたのではないかと思う。
事例(4)
H・Yさん(84歳・女性)要介護度 5
経管栄養の方でほぼ居室で過ごされ、昼のみリクライニング車椅子で過ごされる。
夫婦2人暮らしで、旅行代理店を営まれていた。趣味はテレビを見る事。
以前は、普通型車椅子に乗り、経口摂取で食事をされていた(一部介助)。その後誤嚥性肺炎により経口摂取が困難となり、経管栄養での食事摂取になった。会話も入所当時よりは少なくなっているが、話しかけると反応あり。
取り組む以前から発語は少し見られていたが、経管栄養の方なので関わる機会が少なく、表情や言動をあまり見れていなかったように思う。しかし、取り組む中で言葉掛けを行う事により、自発的な発語が見られる様になり、御主人の話をする事で表情にも変化が見られた。この事例をきっかけに経管栄養の方だからという壁を取り除き、他の利用者様と同じように言葉掛けを多くして、H氏の心の扉を開いていけたらと思う。
最初は、職員の「利用者様の声が聴きたい」という一言をきっかけにこの事例に取り組み、いつも以上に丁寧な言葉掛けを職員に義務付けて行って来ました。当初はぎこちなく、質問用紙を見ながらの言葉掛けでしたが、徐々に意識せず、今まで以上にコミュニケーションを図る姿がよく見られる様になりました。その甲斐あってか、職員一人一人が利用者様の事を良く知るきっかけとなり、コミュニケーションを多く図る事によって、発語や表情の変化が見られ、家族様への強い思い等を感じ取る事が出来ました。その変化や思いから利用者様のニーズや嗜好を読み取り、今後の個別サービスに繋げていきたいと思います。今回の事例研究を通して、コミュニケーションの重要性を改めて感じる事が出来ました。また、コミュニケーションによってADL・認知症のレベルが分かり、体調の変化に気付く事が出来る事も知りました。これからはそのような変化に一早く気付き、利用者様に安心した生活を提供していきたいと思います。現在、私達のフロアには52名の利用者様が生活していらっしゃいます。皆様は、日々何を思い生活しておられるのでしょうか?もしも、認知症やあらゆる障害をお持ちの利用者様が気持ちを伝える事が出来たら、ここでの生活や職員に対してどの様な感想をお持ちなのでしょうか?言葉で伝えられない方達の心を読み取る事は、容易な事ではありません。しかし、今回の取り組みで行ったように一人一人の生活歴や趣味などを掘り下げ、御家族様のお話を伺いながら、利用者様をより深く知る事が利用者様の心に近付く第一歩だと思います。"話さないから""話せないから"と決め付けずに、少しでも笑顔を見せて頂ける様、これからも利用者様一人一人と向き合って、皆様が幸せに生活して頂ける様な場所を提供していきたい。そして心の扉を自然と開いて頂ける様な、そんな介護を目指して行きたいと思います。